私の叔父の話

数年前私の叔父が借金で首が回らなくなった時の話です。
私の叔父は脱サラをしてラーメン屋を始める事になりました。
元々飲食関係の仕事をしており、学生時代も中華料理屋でバイトをしていた様で料理はとても上手かったです。
満を持して東京の都下にラーメン屋を開く事になり、友人と一緒に開業するにあたり折半という形で借り入れをし機材など諸々の資金を調達した感じでした。
ただ保証人という形が必要でしかも連帯という形でしたので、周りの方々には断られており、最終的に私の父親の方へ頭を下げ渋々OKを貰った形になりました。
始めて数年は本にも載り上手く回っていたようですが、近くの工場が閉鎖されてしまいお客も中々という事になってしまいました。
BSやPLの財務諸表の状態もあまり良くなく、次第に赤の方が目立つ形になりました。
元々借金を数年で返す算段が崩れ始め、店舗の家賃や材料費など費用の方がかさんでおり収益的に赤の状態では月々の支払いもままならい状態の様でした。
私は当時カード会社に勤めておりました関係で叔父のカードの状態を見る事が出来ましたので、というか督促が増えておりましたので見なければならない状況になり、督促状を何度も送る形になりました。
一応期日までに返せない形やそれに伴った事象の場合、資産の実調、車両の引き上げなどの対象になる事は伝えておりましたので叔父もわかっている様でしたが、経営が上手く行かなくなると忘れているのか、とぼけているという感じでした。
それどころが私に督促状発送を一時的に停止して欲しい、実調は控えて欲しいとお願いしてくる様になりました。
最初は影響の出ない範囲で対応しておりましたが、それも長くは続かず、他のカード会社からもという話を聞き私の会社の方もジャッジチームという資産をという形で返却して貰う方へ回されて行きました。
ここからはわかる通り右肩上がりになるはずもなく、結局店をたたむ事になりましたが、開くときよりも閉める方がお金がかかるので借金は膨らんでおりました。
結局叔父の親が最終的には肩代わりしてくれたおかげで、私の父の方へも特に問題はありませんでしたが、私の会社の方でも督促金額が大きくなりいわゆる回収業者の方へ引き渡す一歩手前だったようです。
私も会社から別にお咎めがあった訳ではありませんでしたが、督促や実調についての件で色々あり散々でした。
もし今後皆様が同じ様な形になりましたら、親族は対応しない方が良いと思います。
亀裂が入る事になりかねません。

突発性難聴による返済の危機

私は、以前は建築会社に勤務しており、当時車の買い替えを検討していました。 そして、欲しい車が決まり一日でも早く手にしたかった私は一枚だけもっていたカードローンを利用し、購入しました。 毎月3万円ほどの返済で特に問題もなく生活していましたが、ある日突然、突発性難聴という病気になり、聴力が著しく低下しました。 そして、身体障害者2級という扱いになり、もちろん務めていた会社は退職せざるを得ない状態となりました。 しかも、自己都合での退職ということもあり、雇用保険を受け取れるのも2か月後、再就職するにしても人と会話ができないので非常に厳しい状況となりました。 先のことなど考えられる訳もなく絶望的になっていても、借金の返済は待ってはくれません。 最初の数か月は良かったのですが、だんだん返済が厳しくなり、借り手は返す、また借りては返すの状況が続き差し押さえをされてしまうのではと内心ビクビクしながらの生活が3年ほど続きました。 在宅ワークで稼いだ微々たるお金を借金の返済にあて、生活保護や自己破産なども考えましたが、周りの目が気になりなんかこらえていました。 誰にも相談できず精神的にも病んできて、いっそのこと楽になった方がいいのではと思うほど心に余裕がなかったのを覚えています。 その借金問題から救ってくれたのが、障害者手帳の更新でした。 本当に辛かった時にちょうど障害者手帳の更新の手紙が届き、病院で診断書を書いてもらい提出をしなければいけないということで、役所にいって審査をしてもらいました。 そうしたら、障害者等級が上がり障害者2級となったのです。 実は障害者2級になると、障害年金が支給されます。 難聴になったことが原因で辛い思いをしたはずなのに、その時は本当に安心しました。 その後、1人で外出する事も減ったわたしは在宅でできる仕事を増やし何とか今日まで生活しています。