予期せぬことがきっかけとなり借金をしてしまい、金額も膨らんでいきどうしたら良いのかわからず悩んでいました。世の中にはもっと大きな金額を借りていたり、前向きに返済を頑張っている人もいるし、その人たちに比べたら金額はそんなに大きくないと思われるかもしれません。でも自分にとってはかなり大きな金額に感じたし、精神的に参ってしまい仕事にも支障が出るようになりました。こんなことでは借金を返済することがまた難しくなってしまうとさらに追い詰められていた時に、以前親しくしていた人から連絡が来ました。
本当にただ偶然のタイミングで、元気かなという程度の内容でしたが、その電話で急に涙がこぼれてしまい借金に関することを一気に相談しました。今思えば久々に連絡をした知人にこんなことを涙ながらに相談されて本当に迷惑で困っただろうなと思いますが、その人はとても親身になり話を聞いてくれて今後どうしていけば良いかを一緒に考えたりアドバイスもしてくれて、本当に嬉しかったし心が楽になりました。
知人の知り合いにも借金をして人生が終わりかけたけれど、そこから頑張って借金返済をしてやり直している人がいると言われて、その金額も本当に私とは比べものにならなかったので、そんな人が今前向きに生きているならと希望を見出すことができたし、そこから周りにも借金に関して相談できるようになり、なんとか解決させることができました。やはり1人で悩まずに誰かに相談した方が良いと学んだ出来事です。
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自営業の失敗
わたしの仕事の先輩の話です。聞くところによると彼女は昔(20年前ぐらい)に自営業をしていたとのことです。お父さんと下着ブランドをつくって販売をしていたということです。実際には下請けということだそうです。最初は事業も順調で、というのも彼女は大学を卒業して、大手の下着メーカーに勤めていました。そのときも貿易関係のやり取りもしており、少し中国語も話せました。そういった経験を自営業にも活かしていたそうです。自分で事業をしていたときも中国に依頼をしていたそうで、もちろん人件費が安くつくという理由もあったそうです。事業をはじめたころはわりと儲けが出ており、なかなかいい生活をしていたとのことでした。そんな時、中国とのやり取りをしていたときに急に連絡が取れなくなり、まさかの音信不通になりました。どうにかしようといろいろ模索したものの、急なことでどうにもこうにもそこから歯車が狂いはじめ、事業はついに追い込まれました。
気がついたときには借金が2000万円まで膨れ上がっており、もちろん自己破産することも可能でしたが、先輩と先輩と一緒の事業をしていたお父さんも責任感のせいか、自己破産の申請をしないとそのときに誓ったそうです。コツコツ継続して、コツコツお金を返していくことを選んだそうです。そのとき先輩は借金のせいを自分のせいだと思い込み、鬱になってしまったそうです。1年ほど休んだあと、コツコツとアルバイトすることを決めた先輩は夜勤をしたり色んな仕事を頑張っておられます。